銚子市の風土・歴史・文化・産業

成り立ち

 「銚子」という名称は、利根川河口が酒器のお銚子の形状に似ているとされたことから、「銚子口」、「銚子浦」、「銚子湊」などと呼ばれたことに由来するとの説が一般的です。現在も残る「川口」という地区名に、「銚子口」の来歴をうかがい知ることができます。

 江戸時代後期の弘化年間(1844年〜1847年)に著された『下総国輿地全図』(清宮秀堅『下総国旧事考』附図)によれば、飯沼・新生・荒野・今宮を銚子と称すとあり、利根川河口沿いの村落がその名で呼ばれていたことが分かります。 ただし、銚子という地名で特定の地域が確定されたのは、明治に入ってからのでした。

 明治22年(1889年)の町村制施行にともない、飯沼村は本銚子町と改称、荒野、新生、今宮の3村が合併し銚子町が誕生しました。また、長塚、松本、本城の3村が合併し伊豆原村と改称したのち、明治24年(1891年)に西銚子町となりました。

 さらに、昭和8年2月11日、銚子町、本銚子町、西銚子町、豊浦村の3町1村が合併したことにより、ここに全国で116番目、千葉県では千葉市に次いで2番目の市として「銚子市」が誕生することとなります。

 その後、昭和12年に高神村、海上村、昭和29年に船木村、椎柴村、昭和30年に豊里村、昭和31年に豊岡村と順次合併し、現在の銚子市の市域が形作られることとなりました。